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東京家庭裁判所 昭和50年(家)3315号 審判

国籍 アメリカ合衆国フロリダ州住所東京都

申立人 ロバート・ヘンリー・ブリュックス(仮名)

本籍・住所 東京都

相手方 坂口信子(仮名)

主文

本件申立を却下する。

理由

第一申立の趣旨及び実情

一  申立の趣旨

申立人と相手方間の長男坂口建治(昭和四六年七月七日生)の親権者を相手方(母)から申立人(父)に変更する旨の審判を求める。

二  申立の実情

申立人と相手方は、昭和四九年三月二六日成立した当庁昭和四九年(家イ)第九五八号夫婦関係調整事件の調停において、調停離婚し、当事者間の長男ジョンケンジブリュックス(現在の氏名坂口建治)及び二男ジェームスジョージブリュックス(現在の氏名坂口譲治)の親権者をいずれも母である相手方と定めたが、長男建治の親権者は父である申立人とするのが相当であるから、これが変更を求める。

第二当裁判所の判断

一  筆頭者坂口信子の戸籍謄本、申立人及び相手方に対する当裁判所の審問の結果、当庁調査官矢野照男作成の調査報告書並びに当庁昭和四九年(家イ)第九五八号、同六六三六号各事件の記載によれば、次の事実を認めることができる。

(一)  申立人は一九三二年アメリカ合衆国ニューヨーク州で生まれ、父は早く死亡し、母が再婚したため一九四六年母及び継父とともにフロリダ州ハリウッドに移り住んでいたところ、その後継父との仲が思わしくなくなり、ニューヨークに出て一九五〇年には軍務に服し、除隊後一九六六年頃船員となり、しばしば海外へも渡航するようになり、後記のとおり幾度か日本にも滞在して今日に及んでいるが、申立人の母及び兄がフロリダ州に居住し、申立人も同州を永久的住居地とする意思を有していること。

(二)  申立人は一九六四年頃から時々日本にも上陸するようになり、一九六九年(昭和四四年)一月頃日本に滞在中東京において相手方坂口信子と知りあい、同年二月一八日アメリカ大使館に婚姻届を提出して婚姻し、一時東京都目黒区で同居したのち横浜市戸塚区に転居して結婚生活を送るようになつたこと。

(三)  申立人と相手方との間に、一九七一年(昭和四六年)七月七日長男ジョンが、次いで一九七三年(昭和四八年)八月二三日二男ジェームスが、それぞれ出生したこと。

(四)  しかし申立人と相手方は一九七二年(昭和四七年)頃から不仲となり、二度にわたる別居ののち、申立人は一九七四年(昭和四九年)二月代理人(弁護士)を介して離婚を求める調停を提起し(当庁昭和四九年(家イ)第九五八号夫婦関係調整調停事件)、同年三月二六日、日本民法を準拠法として、申立人と相手方は調停離婚し、二人の子の親権者をいずれも母である相手方と定める等を内容とする調停が成立したこと。

(五)  しかしその後申立人は調停において合意の成立した養育費を全く支払わず、また条項に定められた面接について相手方は申立人が事前に連絡をしないなど面接の際の方法が不適切であるとして申立人の面接を拒んだため、当事者間に争いが生じ、相手方は面接に関する条項の削除を求めて調停申立をなし(当庁昭和四九年(家)第九五八号(昭和五〇年二月一二日取下)、申立人は面接に関する条項につき履行の勧告を求め、更に親権者に関する条項等の変更を求める調停の申立をしたこと(当庁昭和五〇年(家イ)第一〇五三号)。

(六)  しかし、右昭和五〇年(家イ)第一〇五三号事件は相手方不出頭のため不成立となつたところ、申立人は調停条項の変更ではなく、本件申立の趣旨のとおり親権者の変更の審判を求めるものである旨述べたため本件は審判に移行し、審判事件となつたものであること。

(七)  相手方は終始二人の子と共に生活し、一九七三年に申立人が相手方のもとを去つてからは二人の子を養育しており、現在妹良子の借家に同居し、相手方は昭和四九年一〇月から近くの新聞店に勤務して妹の援助を受けつつ二人の子を近くの保育園に通園させて養育しており、相手方としては働きながら二人の子に一応の教育を受けさせたいと希望していること。

(八)  一方申立人は日本においては無為徒食の生活をしており、近くアメリカ合衆国フロリダ州に帰り、その後船員としての就職先を見出したいとの希望をもつており、子ジョンは野球や魚釣りなどにあちこち連れて歩きたい、ジョンが望むならばどの限定つきではあるが、ジョンを写真のモデルとして働かせたい、またジョンは他人を雇うなどして自分が育てたいなどと述べていること。

(九)  未成年者ジョン及びジェームスはいずれも昭和五〇年七月八日日本に帰化し、同月二四日その旨の届出がなされ、ジョンは坂口建治(昭和四六年七月七日生)として、ジェームスは坂口譲治(昭和四八年八月二三日生)として、それぞれ戸籍記載がなされたこと。

以上の事実を認めることができる。

二  そこで本件に適用さるべき準拠法について検討する。

本件は既にみたとおり調停離婚後に離婚の際定められた親権者の変更を求めるものであるところ、このような場合における準拠法は離婚に関する法例一六条ではなく、親子の法律関係に関する法例二〇条であると解される。

法例二〇条によれば、親子間の法律関係については父の本国法によるべきものとされるところ、事件本人たる建治の父が申立人であることは明らかであるから、申立人の本国法が一応準拠法となる。そして、前認定の事実関係からすると、申立人の住所(ドミサイル)はフロリダ州に存するものと認められるので、父たる申立人の本国法は、フロリダ州法であると解される。

そこで次にフロリダ州法について、まず反致が存するかについて考察するに、フロリダ州法自体についてこの点に関する明文の規定は見出しえないので、アメリカの判例法によつてみるのに、アメリカでは離婚、子の親権等について直接の渉外私法は存せず、それぞれにつき裁判管轄に関する判例法があり、管轄を有する州はその州の実質法(法廷地法)を適用すべきものとされているところ、アメリカ判例法によると、親権については、子の住所(ドミサイル)の存する州、子の現在地及び親権を争う者(通常は両親)について管轄を有する地のいずれもが管轄を有するとされていると解される。そして、子の住所(ドミサイル)は、本件の如く父母が離婚し、親権者を母と定められ、子が母と共に居住している場合には母の住所(ドミサイル)に従うべきものと解されるところ、母たる相手方は日本国籍を有し、日本(東京都)に居住しているので、母たる相手方も子たる事件本人もいずれも日本に住所(ドミサイル)を有するものと解され、また事件本人は日本に居住しているので、結局本件におけるアメリカ法上の裁判管轄はフロリダ州にもあるとみられようが、原則的には日本に存するものと解されるのである。

ところで、このように父の本国法たるアメリカ合衆国の州法によると日本に事件の裁判管轄がある場合に、アメリカでは管轄を有する各州は一般にその法廷地法を適用すべきものとされていることをもつて、法例二九条の反致の定めがあるものと解してよいかについては理論上争いがあるが、今日までの離婚に関する判例の多くは右の裁判管轄権の原則の中に抵触法が隠されていると理解し、隠れた反致を認めており、これは法例二九条の解釈上既に判例法となつているものと解され、親子法(親権法)についても同様に解するのが相当であるから、当裁判所もこれに従い、反致があるものと解する。

したがつて、結局本件親権の変更は日本法によつて決せらるべきものである。

三  さて、日本民法八一九条六項によると、子の利益のために必要があると認めるときに家庭裁判所は親権を他の一方に変更することができる旨規定されている。

本件についてこれをみるに、前認定の事実によると、事件本人は生後一貫して母たる相手方と共に居住し、申立人と相手方の別居後は相手方が事件本人を養育しており、同人は相手方になついていること、相手方の経済状態は良好とはいえないものの妹の援助を得て一応安定していること、事件本人に対する相手方の愛情とその養育に対する熱意は十分窺えること、これに対し申立人は無為徒食の身でしかも世界を放浪して歩くといつた状況であつて申立人側における子の保護環境は不良であり、あまつさえ申立人は幼い事件本人を写真のモデルにして高額の収入を得ようとするなど子の福祉に適合しがたい意図をも有していることが明らかであり、こうした諸事情にかんがみるときは、事件本人に対する相手方の親権を剥奪してこれを申立人に委ねることをよしとする理由を全く見出すことができない。しかも親権者指定の調停以来いまだ一年数か月を経過したにすぎない今日においてあえて事件本人の親権を変更すべき合理的理由はないといわなければならない。

したがつて、事件本人の親権者を申立人に変更することは不相当であるというべく、本件申立は却下を免れない(なお、仮に本件に対しフロリダ州法を適用すべきものとしても、同州の判例法によると、子の親権に相当する権限は子の福祉に合致する場合にはじめて他の者に変更され得るとされているものと解されるので、本件の場合には同州法によつても親権の変更は認められない結論に達することを付言する。)。

よつて、主文のとおり審判する。

(家事審判官 岩井俊)

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